ティニーが旅立ちました

10月23日AM5:00ごろ、ティニー(愛犬)が永遠の眠りにつきました。先週の旅行から一週間後となりました。

コブ(悪性腫瘍)のそばの膿を定期的に抜いていたのですが、10月20日の施術後におそらくてんかんを起こしたのではないかと見られ、その後様子がおかしくなったと思われ、私が帰った時には少々理性が崩壊してしまった。ティニーは家の中で粗相することは緊急事態以外ではほとんどなかったのですが、排便をしてしまうし、それよりも徘徊が始まってしまった。金曜日も同様だった。少し理性が戻るような時もあったが、状態は相変わらずだった。

妻は献身的に対処していたのですが、私ときたら「俺は介護はできないよ」と、心にもないことを言ってしまった。妻からは「10月いっぱいはやってみる。その後私たちもわからないような状態なら・・・安楽死も」との返事だった。

次の土曜日は、愚かな私は見ているのがつらいのでバイクで出かけた。しかし、バイクに乗っていてもライディングに集中できるはずもなく、休憩のたびに「犬 徘徊」を検索している始末だった。すると、痴呆による徘徊とてんかんによる徘徊は少し違うらしく、てんかんの場合は治る可能性を示唆するような記事を発見した。

コブの施術をするといままでもてんかんを起こしていたらしいので、今回は戻るまでに時間がかかっているだけ・・・そう信じて家に戻ると、ティニーが少し落ち着いているように見えた。とても嬉しかった。私のそばもウロウロしてくれた。

しかし、それが最後のふれあいになってしまった。その夜、私はツーリングの疲れと、ティニーが落ち着いたように見えたので、安心して深い眠りについてしまった。しかし、実はその夜、また徘徊を始め、壁に腫瘍がある頭を、何度も、何度も、何度も・・・激しく強くぶつけていたらしい。そして、早朝に普段全く吠えないティニーが悲しそうな声をあげて鳴いた。

驚いた私は跳ね起きてリビングに行くと、ティニーはすでに横たわっていて妻が体をさすっていた。「あれ?心臓が動いていない」と言ったが「いや、そんなことはない動いている」。私は「だよな。先週は旅行へ行って歩いていたのだから」と言って・・・自分にそう言い聞かせた。しかし、その後二回鳴いて・・・ティニーは旅立ってしまった。私たちと暮らして約12年。享年はたぶん13~14歳ではないだろうか。犬としては、少し短いと思う。

私はブログにもティニーの話をよく書いているので、愛犬家だったり、犬が好きと思われていると思うが、実家で犬を飼っていたことはあるものの、実は私は自分で犬をきちんと飼ったことはありません。ティニーは、妻と暮らすようになり妻が連れてきた猫のマックスが亡くなり、当時は八ヶ岳の別荘暮らしだったので、永住者のほとんどが犬と暮らしていて、妻も「犬を飼ってみたい」と言い出したのだ。

私は反対だった。当時の私は今のような哲学も持っていなく、自分のことだけで精いっぱいだったからだ。だから「俺は散歩も行かないし、あまり関わらないよ。それでもいいなら・・・」と言ってみたが、それでもなお妻が話を進め、押し切られるような形でティニーと面会したのです。おどおどして内気で大人しそうなティニー・・・この犬なら妻も上手くやるだろう。これが引き取る私の理由だった。

何度も書いていますが、ティニーは東京の多頭飼いのゴミ屋敷で生まれ、ボランティア団体に引き取られたのです。大人しいと言えば聞こえがいいが、不幸な生い立ちだからか極端に憶病な犬でした。ティニーと暮らすようになりましたが、ほとんどは

ログハウスのロフトの隅に陣取り、ご飯を食べるのも、水を飲むのも私たちが寝静まってから。散歩もまとにできなかった。そんな生活だったから「これじゃ犬じゃないよ」なんて言ってもいた。そんなティニーも時間が経つにつれ少しずつ心を開き始めた。

きっかけはグランドプント(イタリアのフィアット製の自動車)の中古車を京都まで見に行ったときだった。相変わらずSAでは足が震えていたのだが、クルマ屋さんに預けてクルマを見てたりして、約2時間近く経って一緒に連れて帰ろうとしたらなぜか喜んでいた。その帰り道は、温泉の周りを散歩したのだが上機嫌。たぶんこいつらは「ずぅーと一緒にいてくれるんだ」そう思ったのではないだろうか。すでにもう一年くらい経っていたんだけど(笑)。

それからは積極的に一緒に旅行へ行くことしました。伊豆、那須、小豆島、別府・・・etc。回を重ねる度に、ティニーは心を開いてきた。ランクルを購入してからは車中泊も楽しんだ。喜連川温泉から始まり、下北半島に行ったり

いろんなところへ一緒に行った。ハイキングも一緒に楽しんだ。

熊野古道も一緒に歩いたし、中仙道の馬籠宿も歩いた。ティニーも楽しかったかもしれないが、それ以上に私たちは楽しかった。そして別府への移住の下見も何度もティニーと行った。いま暮らしているこの家もティニーと一緒に見学をした。いつでもどこへでもティニーと一緒だった。

そして一緒に別府へ移住もした。

クルマもランクルに乗るのがきつい時もあったので、ティニーが乗り降りしやすいフリード+に乗り換えた(ほかにも理由はあるが)。別府に来てからも、たくさんいろんなところへ旅行に行った。一緒にV7を買いに大阪にも行ったし(私は熱が出て一大事だったが)、

鹿児島の先端の佐多岬も一緒に行った。クルマも最終的にはサンバーへ乗り換えた。自分がMT好きなのもあるけれど、それ以上にもっと広い空間でティニーと車中泊をするためだった。ティニーがかなり弱ってきてからは、後ろをフラットにして乗せてあげることもできた。私は自動車競技をしていたくらいだから、本当はコーナーリングが楽しいクルマが好みなのだが・・・すべて捨てた。ティニーと楽しく乗れるクルマであれば良かった。

「俺はあまり関わらないよ」と言っていたのに、ティニーがいる生活が当たり前になって、知らぬ間に自分にとってかけがえない存在になっていました。私は犬が好きなのではなくティニーが好きだったのだ。心を開いたのは私なのかもしれない。

大分市にあるペットの葬儀社で最後のお別れをした。

ティニーとの生活が終わってしまった。ティニーは全く吠えなかったが、家の中が寂しくなってしまった。ティニーの咳も、床を歩くチャカチャカ音もしなくなってしまった。私は喪失感にさいなまれ・・・今のところなんの気力も出ない。乗り越えなければいけないのだろうが、涙が出るばかりで、なかなかいつもの自分に戻れない。

ボランティア団体からティニーを一時的に預かってくれ、私たちと面会してくれた方とは妻が今も親交があって、今年の夏、大分に用事があったときにティニーとも会ってくれた。妻のFacebookにこのようなコメントをもらいました。「普通に考えると、よくここまで、なのですが、ティニーが奇跡を起こし続けていたので、まだまだ終わりなどないのでは?と都合のよいように思っていました。ティニーはよほど楽しくて、とにかく粘ったのでしょうね。ずっと車でお出かけするのだと。限界を何度も超えて粘ったんでしょうね」・・・そうであれば、一緒に暮らして本当に良かったと思う。

ティニーとの12年間が思い出に変わるには、まだまだ時間が必要なんだと思う。大分のペット葬儀社で売っていた

分骨の容器が、モデルがティニーなんじゃないのと思うくらいティニーに似ていた。偶然なんだとは思うが、なにかの巡り合わせかもしれない。思い出に変えることができないなら、今も進行形でもいいんじゃないか・・・そう考えるようになった。ティニー・・・これからも一緒に旅に出よう。

私は現在55歳。日本人の男性の平均寿命は81歳。私は川島なお美さんと同じく延命治療は一切受けないつもりだ。だからおそらく75歳ぐらいで天寿を全うするのではないか?と考えている。残り20年。まだ少しかかるけど、迎えにきてくれよな・・・ティニー。

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ティニーが旅立ちました」への8件のフィードバック

  1. ティニーちゃん旅立ちましたか。ちゃんと二回鳴いてから旅立ったんだからやっぱりお二人の愛情に答えたくて頑張ってたんだと思います。そして最後のお礼の気持ちだったんじゃないでしょうか。
    愛犬を見送る度に「もう犬は飼わない」と誓いましたが何故か今日もチャカチャカ音が聞こえてます。
    分骨容器のはほんとにティニーちゃんそっくりですね。写真を元に作成するサービスでもあるのかって思いましたよ。

    1. たまさん、こんなにも亡くなってしまって辛いのは人生で初かもしれません。私ももう二度と飼いたくありません。といいますか、私は55歳だから15年生きてしまったら70歳なわけで老老介護になってしまうよ(笑)。
      飼う前からこうなるのはわかっているのですけどね。ティニーとの旅行が楽しすぎました。
      分骨容器はビビっときました。私が見つけました(笑)。それだけでもなんだか嬉しいです。

  2. 残念です。 ただ 体格や年齢から考えても 疾病の発症も遅い方だったと思います。 その分 自分の意志と脚を使って家族と一緒に永く居られる事、居たい事が「ティニーの想い」でもあったんだと思います。
    一緒に居てくれて同じ所で同じ物を見させてもらえていたので 幸せだったでしょう。

    幼少期~20歳まで 犬、猫、鳥を切らした事が有りませんでした。毎回辛い思いをしていましたけど 一緒に居た事で幸せであっただろうと思い 次の子も 後悔しない様にと 心掛けています。
    今居る小桜の前のセキセイインコは中年期の怪我が原因で飛べず 人間で80過ぎ相当の老齢期に足を骨折。歩く事が彼の生活だったので 手術、入院で回復はしたものの 1年も経たずにゆっくりと11年(90過ぎ)の寿命を迎えてしまいました。
    彼等よりも長寿の飼い主が ちゃんと看取ってあげられた事で ティニーも心残りは無かったと思います。

    1. 家の中で飼っていて、中型犬で、おまけに雑種なら15年は生きるのではないかと思っていました。ティニーも心残りは無かったと思います・・・MACさんにそう言ってもらえるとなんだか救われます。
      いつも一緒でしたので、胸にぽっかり穴が開いたようです。

  3. こんばんは。
    ティニーちゃん、旅立ってしまっていたのですね。
    私も今まで小型犬・うさぎ・猫と3回、ペットの死を経験しています。
    その度に「こんなに辛い思いをするなら、もう二度とペットは飼わない」と思うのですが、
    何年かするとまた飼ってしまいました。
    今住んでいるマンションはペット飼育禁止なので何も飼ってはいませんが、
    tomozoさんの心中お察し致します。
    でも今までの写真を見ているとたくさんの思い出を作ってくれたようで、
    チョッと羨ましい気もしました。

    1. 飼うときからこうなるのは分かっていたつもりでしたが・・・それでも辛い。まだ立ち直れません。これはしばらく時間がかかりそうです。
      私ももうペットは飼いたくありません。特に犬は。
      「チョッと羨ましい気もしました」・・・そう言っていただけると嬉しいです。私はティニーにたくさんの楽しい思い出をもらいました。ティニーも後悔のない一生だったと・・・思って欲しいです。

  4. 友蔵さん
    ティニーくんのご冥福をお祈りいたします。大変いい人生ならぬ「犬生」だっとのではないかと思います。
    うちには今ラブラドール(女の子8歳)がいますが、あと数年で寿命がくるとは到底考えられません。ヒトのように、70年以上生きるのではないかと錯覚があるくらい、我が家に溶け込んでいる立派な家族です。
    私も、本来動物(ペットも家畜も)に対して無関心なほうですが、家族になったら、もう犬と人間の境はなく、普通に家族の一員としてその地位を認めてます。
    私も寿命がそのうちに訪れ、その先に天国があるなら亡き両親や子供のころにいた柴犬会える日が待ち遠しいです。私だけ地獄に落ちる可能性ありますがね (笑)。
    しみったれたコメントになってしまいましたが、どうかあまりお気を落とさずにお過ごしください。

    1. 大変いい人生ならぬ「犬生」だっとのではないかと思います・・・そう言っていただけると少し救われます。
      ペットは家族ですよね。当初は深く考えていませんでしたが、今は私もそう断言できます。
      私もいろいろと気分を切り替えようと思うのですが・・・今のところなんとなく活力が出てきません。新しいバイクでも買ったらどうか?とも思いましたが、それさえも気乗りしません。かなり重症です(笑)。

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